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東京高等裁判所 昭和31年(ナ)2号 判決 1957年3月20日

原告 中本数雄

被告 神奈川県選挙管理委員会

主文

原告の本訴当選無効の請求並びに選挙無効の予備的請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「昭和三十年四月二十三日執行の横浜市議会議員一般選挙に関し同年十二月十七日附で被告のなした『本件訴願中、当選の効力に関する部分は棄却し、選挙の効力に関する部分は却下する。』旨の裁決を取消す。同年四月二十五日開催の同市神奈川区選挙区の選挙会において当選人と決定した伊丹次郎吉の当選を無効とし、候補者野村幸三郎を当選人と定める。仮りに右当選無効請求が認容せられないときは、昭和三十年四月二十三日執行の横浜市議会議員の同市神奈川区の一般選挙を無効とする。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、別紙「請求の原因」と題する書面のとおり陳述した外、次のとおり釈明した。本件選挙に際し、(一)原告は神奈川区選挙区に住所を有する選挙人であり、(二)選挙会の決定によれば、末位で当選した伊丹次郎吉の得票総数は三、七二三票、次点野村幸三郎候補の得票総数は三、六三二票であつた。(三)別紙請求原因、第一、当選無効の理由、四中「全投票を再点検の結果次の如き動かすべからざる証拠があらわれた。」と記載しているが、この全投票の再点検は、横浜地方裁判所で本訴の証拠保全申立事件の証拠調の施行としてなしたものである。(四)別紙請求原因第一の二、及び三、は事情として陳述するもので、同四、の「数十票の不正票を投入した」というのは数十票の真実の投票を取出して破毀し、代りに同数の不正の票を投入したことを意味するもので、これが主たる当選無効の原因たる事実である。そして同項記載の(1)ないし(5)の事実は右原因たる事実の存在を推認させる徴表的事実である。

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

一、別紙「請求原因」の冒頭記載事実中、原告から横浜市選挙管理委員会に対し本件選挙の効力に関する異議申立をしたとの点及び被告委員会の裁決が取消さるべきものであるとの点を除き、その余の事実並びに前掲原告の釈明事実(一)、(二)の事実はいずれもこれを認める。

二、同上第一、「当選無効の理由」中、一、の事実及び二、のうち昭和二十六年度得票実績(一覧表)は認めるが、その余の点は否認する。同三、冒頭の事実並びに(1)の午後一時現在の伊丹候補の得票数発表、八〇〇票を六五〇票と訂正したことは認めるが、その余の事実及び(2)の事実は否認する。同四、(1)のうち第三開票所の投票総数が開票録記載の一七、五一二票より一票多かつた事実、(4)のうち第一、第二、第三開票所の各白票数、(5)のうち「野村幸三郎はマイナス100票」なる投票が一票あつた事実はいずれも認めるが、その他の事実及び同五、の事実は全部否認する。右(1)の第三開票所において投票者数より開票数が一票多かつた事実は、選挙人に投票用紙を交付する際、誤つて二枚を交付したか、或は投票者数の計算を誤り、更に開票に際し五一票を五〇票と誤算したことに基因するものと認むべきものであつて、このような事務上の誤りは十分な注意にも拘らず時にあり得るところであつて、これを以て直ちに不正行為の介在とは言い得ない。次に(2)折目のない白票は第一、第三開票所を通じ、僅かに数票に過ぎず、しかも他の例えば、他選挙の候補者の氏名を記載した投票にも同様折目のないものがあり、このことは投票函の投入口の巾が一〇糎で投票用紙の幅が七、二糎であるところからして、折り畳まずに投入したと見るべきであつて、折目のない投票が若干あつたとしても、何等不自然でなく怪むに足らない。更に(3)斜線を引いた投票は、特に意識しない限り大体類似の形となることは、経験に徴し明らかであり、(4)各開票所により白票の数が不同であることも、選挙の実際からしてむしろ自然であつて、何等問題となるべき事実でない。

三、同上第二「選挙無効の理由」中一、の判例の存すること、二、の(6)の前段の事実及び(8)の前段の投票総数より開票総数が一票多かつた事実、並びに後段中被告委員会裁決書引用部分は認めるが、その余の事実並びに三、の選挙無効に関し異議の申立をしたとの点は、いずれもこれを争う。右選挙無効の原因として主張する前記二、の(2)の点については、強要の事実のないことは勿論、右は開票録作成の準備行為に過ぎず、開票終了し得票数確定後、各候補者の得票数等必要事項を記入し、これを開票管理者及び開票立会人に対し、朗読しその承認を得たのであつて、この時に正式に作成せられたものであり違法というべきでなく、仮りに予め署名捺印させたことが違法であるとするも、右の得票確定数を記入朗読の上承認を得たことによつて、その違法は治癒されたものと認むべきであり、また開票の結果に異同を生じたとは言えない。同(3)の点についてはこの訂正は中間発表の際の誤算を訂正したに過ぎず、(5)の主張の如きは事を誣いるものであり、(6)において主張する各投票函内の投票数の確認については、公職選挙法上何等の規定なく、単に混同開票に関する同法第六十六条第二項の規定あるに止まり、これを行わないことによつて何等の違法を来すものでないことは、極めて明らかである。

(証拠省略)

理由

第一、当選無効請求についての判断。

昭和三十年四月二十三日執行せられた横浜市議会議員一般選挙に際し、原告が同市神奈川区選挙区の選挙人であつたこと、同年四月二十五日開催せられた同市神奈川区選挙区の選挙会において最下位当選者と決定した伊丹次郎吉の得票総数が三、七二三票、次点野村幸三郎の得票総数が三、六三二票で、その差九十一票であつたこと、原告が同年四月三十日横浜市選挙管理委員会に対し右選挙の当選の効力に関し異議の申立をしたが、同年五月十三日棄却せられ、翌十四日その決定書の交付を受け、同年同月十六日被告委員会に訴願したところ、同年十二月十七日棄却せられ、同月二十八日右裁決書の交付を受けたことは、当事者間争なく、その三十日以内である昭和三十一年一月二十六日当裁判所に本訴を提起したことは、記録に徴して明らかである。原告の主張する本件選挙の当選無効の理由は、別紙「請求原因」と題する書面第一の一、二、三の(1)、(2)、四、の(1)ないし(5)に記載した諸事実から、野村候補について百票ないし百五十票の得票が更に存在していたのを、原告主張の如き不正行為に因り処分または隠匿せられたため、前示得票結果となつたものと認めるより外なく、結局右最低百票を野村候補の得票に加算しても伊丹候補より上位の多数得票となり、伊丹候補の当選は無効、野村候補を当選人と定めらるべきであると謂うにある。

そこで審按するに、前記第一の一、の事実及び同二、のうち昭和二十六年度の市議会議員選挙の際における野村候補の得票実績の事実は当事者間に争はないが、右一、の開票速報訂正については、単なる事務従事者の手違による誤報を訂正したに過ぎないことは、成立に争のない乙第十七号証の一、二(第一開票区における候補者得票計算簿)、乙第七号証証人鈴木正雄、同亀山尹の各証言によつてこれを窺い得るところであつて、原告は右開票速報訂正の事実を捉えて、「伊丹候補に対する一五〇票の誤加算は、野村候補得票五十票束三個の実在計算に基ずく加算を、誤つて伊丹候補得票分となしたもの」と主張するが、右は憶測の範囲を出でず、かかる事跡を肯認するに足る何等の証拠はない。そして原告が右主張事実を推認させる事情として、昭和二十六年度の横浜市議会議員選挙における野村候補の得票実績と今回のそれとを対比し、或は右第一開票所において投票紙の拡げ作業及び候補者別投票えり分け作業に従事した高校女生徒等からの伝聞したことを引用して、右主張の根拠としているが、到底採用に価しない。

更に原告は前同請求原因四、記載の如く、第一開票所及び第三開票所において選挙事務従事者が、密かに数十票の不正票を投入した結果、前記最下位当選者伊丹候補の得票数と次点野村候補の得票数との間に前示の如き差違を生じたもので、これなかりせば野村候補の得票は伊丹候補の得票を上回り、伊丹候補の当選は無効、野村候補を当選人と定めるべきであると主張し、右不正投票の事実を推認させる徴表事実として、同項(1)ないし(5)記載の事実を指摘強調するので、この点につき順次検討する。

(1)  第三開票所の投票数一七、五一二票のところ、開票数一七、五一三票であつたことは被告も認めるところであるが、かかる一票の差を生じた原因については、これを詳かにする証拠はないが、このことを以て直ちに原告主張の如き数十票の不正票を投入したという不正行為の介在を推認させるには足らず、むしろ単なる事務上の過誤としてあり得ることである。尤も本件の場合右一票の過剰投票は無効としなければならないが、帰属不明であるから、右一票を仮りに前示最下位当選者伊丹候補の得票数から控除して計算しても、前示当選の結果に何等の異動を及ぼすものでないことは明白である。

(2)  検証の結果によると、本件選挙に使用した投票函の投票用紙を投入する口は、旧型(白木造りの箱)にあつては横九、五糎、縦一糎であり、新型(青塗箱)にあつては横十糎、縦一糎であること、並びに投票用紙の大きさは横七、二糎、縦一二、七糎であることを認め得るから、本件第一ないし第三開票所において現実に使用せられた投票函が、旧型であると新型であるとを問わず、折畳まずに投入することも可能であるので、折目のない投票が若干あつたとしても怪しむに足らない。

(3)  斜線をひいた投票が若干あつたとしても、特に右が同一人の手口と認められるような証跡はない。(鑑定人町田欣一の供述によれば、この点に関する鑑定は不可能である。)

(4)  開票所により白票の数が不同であることも、選挙の実際に徴し敢えて奇異とするには当らない。

その他原告の主張並びにその援用する全証拠に俟つも、到底その主張のような不正票投入の事実ないし前示伊丹候補の当選を無効とすべき原因事実は到底これを肯認することはできない。

よつて原告の第一次の当選無効請求は失当として棄却すべきものである。

第二、選挙無効請求についての判断。

原告は昭和三十年四月三十日横浜市選挙管理委員会に対し本件選挙の効力に関する異議申立を前示当選の効力に関する異議申立と同時になしたが、同年五月十三日棄却せられ翌十四日その決定書の交付を受けたので、同年六月四日右選挙の効力に関し被告委員会に訴願したところ、同年十二月十七日原告の選挙無効に関する訴願を、異議申立を経ない不適法なものとして却下の裁決をし、同月二十八日該裁決書の交付を受けたと主張するに対し、被告は右選挙無効の異議申立のあつたこと及びこれに対する横浜市選挙管理委員会の決定を経由したことを否認する外、右経過事実はすべて認めるところであるが、前示選挙の当選の効力に関する異議申立において、同時に予備的に本件選挙の効力に関する異議申立をした趣旨と解すべきか否かについては、成立に争のない甲第二号証の二(訴願裁決書)の記載中、選挙無効の点に関する訴願についての判断において摘示する、異議申立から訴願提起に至る経過事実に徴して考うれば、単に右異議申立の形式や用語のみからみれば、厳格には当選の効力に関する異議申立の外に、選挙の効力に関する異議申立があつたとみることができないかも知れないが、その趣旨を忖択して解釈すれば、原告は右異議申立において、当選の効力についての異議申立が認容せられない場合において、予備的に選挙の効力に関する異議申立をも包含せしめた趣旨とも解し得られないでもない。そしてこの異議棄却の決定に対し訴願を経由したことは明らかであるから、当裁判所は本件選挙無効の訴訟についても、異議訴願前置の要件を具備したものとして、その請求の当否につき判断を進める。

公職選挙法第二百五条にいわゆる「選挙の規定に違反することがあるとき」とは、主として選挙管理の任にある機関が選挙の管理執行の手続に関する明文の規定に違反することがあるとき、ないし直接かような明文の規定はないが、選挙法の基本理念たる選挙の自由公正の原則が著しく阻害されるときを指すものと解すべく、また「選挙の結果に異動を及ぼす虞れがある場合」とは、選挙の結果に異動を及ぼす可能性があれば足り、必ずしも選挙の結果に異動を及ぼすことの確実であることを要せず、違法事実があつて不正行為が行われ得る可能性があれば、現実に不正行為が行われたと否とに拘らず右選挙の結果に異動を及ぼす虞れある場合に該当すると解すべきことは原告所論のとおりである。そこで原告が本件選挙の無効原因として指摘している別紙「請求の原因」と題する書面に記載する第二の二、の(1)ないし(9)について検討する。

(3)の開票速報訂正については、既に前示第一において認定説示した如く、単なる事務従事者の手違による誤報を、誤りであるとして訂正発表したまでで、選挙の管理執行の規定に違反し、選挙の自由公正の原則に違背するものでない。(7)の不正票投入の事実も、前示第一に説示のとおりこれを肯認するに足る証拠なく、(8)の投票総数より開票総数の方が一票多かつたという事実についても、原告主張の如き不正行為の介在を推認させるに足らず、事務上の過誤としてあり得ることであることは、既に前に説示したとおりであつて、かかる軽微な過剰投票の一事を以て、選挙の管理執行の手続違背により選挙の結果に異動を及ぼす虞ありと断じ得ないこと、多言を要しない。(9)の(イ)白票に折目のないもの十数票あり、(ロ)同一手口と認められる斜線を乱暴に引いた無効票数が検出され、(ハ)更に第三開票所において白票僅かに二票という奇異な結果を生じたことは、不正事実を裏付け証明して余りあるものであるという主張事実については、前示第一で説示した如く何等不正事実を推認させる証拠となるものでなく、ひいて選挙無効の原因としても採り上げる筋合のものではない。(1)の得票束「ボール投げ」云々の点及び(4)についても同断である。(2)の第一開票所において開票録の署名につき開票立会人に対し開票終了二時間前に予め署名捺印せしめたという事実については、証人鈴木文平、同宮田甚三郎の各証言によれば、第一開票所では開票終了前に予め開票録に立会人の署名捺印をなさしめた事跡あることは、これを窺い得るけれども、立会人全部において最後の得票数の記入を確認していたこともこれを認めるところであるから、これによつて開票録は完成せられたものと謂うべきであるのみならず、開票録は開票に関する手続及び開票の結果等を記載する証明文書に過ぎないから、右署名捺印の先後は何等選挙の効力を左右するものでない。(5)の事実はこれを肯認し得る証拠なく、(6)の各投票函内の投票数の確認については、公職選挙法上何等の規定なく、単に混同開票に関する同法第六十六条第二項の規定あるに止まるから、これを行わないことは何等選挙の管理執行の手続規定に違反するものでなく、またそれがため選挙の自由公正の原則に違背するものとも考えられない。これを要するに、原告の提出援用の全立証に俟つても、本件選挙の管理執行につき選挙の規定に違反し、且つ右違法が選挙の結果に異動を及ぼす虞れあるものと認むべき事跡の徴すべきものがないから、右予備的に主張する選挙無効の請求も失当として棄却を免れない。

よつて原告の本訴当選無効の請求並びに予備的に主張する選挙無効の請求は、いずれもこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき公職選挙法第二百十九条、民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 斎藤直一 坂本謁夫 小沢文雄)

請求の原因

原告は昭和三十年四月二十三日執行の横浜市議会議員一般選挙の際同市神奈川区選挙区において立候補した野村幸三郎の選挙事務長であるが、同年四月三十日横浜市選挙管理委員会に対し右選挙の当選並に選挙の効力に関する異議申立をしたが同年五月十三日棄却せられ翌十四日その決定書の交付を受けた。そこで更に被告委員会に対し同年五月十六日右選挙の当選の効力に関し、同年六月四日右選挙の効力に関し訴願したが、これ又同年十二月十七日訴願人の請求を夫々棄却並に却下する旨裁決せられ、同月二十八日該裁決書の交付を受けた。しかしながら右被告委員会の裁決は左記理由により取消さるべきものである。

第一、当選無効の理由

一、神奈川区第一開票所である子安小学校における開票日(昭和三十年四月二十四日)正午の開票結果の発表は同開票所に於ける総投票数一万八千九百七十二票の内約一万二百五十票を開票計算し、

伊丹次郎吉 二五〇票

野村幸三郎 二〇〇票

であつたところ同日午後一時の発表は

伊丹次郎吉 八〇〇票(後に六五〇票と訂正)

野村幸三郎 二〇〇票(加算零)

であつた。而して同日午後二時に

伊丹次郎吉 七二四票

野村幸三郎 二三五票

の開票算定通報に接したものである。

二、併しながら野村候補の昭和二十六年度の選挙の際と今回の選挙の得票数とを対比すると

年別

開票所別

昭二六

昭三〇

増△減

備考

第一開票所(子安小)

五五七

二三五

△三二二

第二開票所(幸ケ谷小)

二、〇一〇

二、五九二

五八二

第三開票所(白幡小)

六二七

八〇五

一七八

三、一九四

三、六三二

四三八

四位当選

次点

となり野村候補並にその運動員の当該選挙運動の成果についての綿密な検討の結論によれば当該第一開票所における野村候補の得票数二三五票は甚だしく僅少に過ぎ圧縮した得票の最低見積によるも百票乃至百六、七十票程度の不足をもたらすものである。

尚第一開票所における開票の推移をみるに右開票所における投票総数一万八千九百七十二票の内約一万二百五十票を開票し残余約八千七百二十二票の開票に対し午後一時現在加算零、午後二時現在加算僅かに三十五票という不審な奇跡的事実となつたのである。

三、昭和三十年四月二十四日野村候補の届出た開票立会人はくじ外れの為資格を失つたので開票立会いは出来なかつたが

(1) 当日第一開票所における前記伊丹候補の午後一時現在の得票数八〇〇票を六五〇票に訂正した経緯に不審な点がある。同開票所の開票立会人鈴木文治氏(八番)が同日午後二時現在伊丹候補の得票数七二四票の開票算定通報に接し、午後一時現在同候補得票数八〇〇票のままであるのでこれは如何なる事由によるものか指摘したところ約二十分の時間を費して係員が漸く「午後一時現在伊丹候補の得票数六五〇票」と訂正したもので右訂正については当局は開票立会人等に対し明確な説明をなさなかつた。

野村候補の立候補届出順位は

野村幸三郎  一番

伊丹次郎吉 十一番

で聴取錯覚が生ずること従つて誤算へ発展することもあり得るので原告等は数回に亘り神奈川区選挙管理委員会総務課長に対し誤加算一五〇票が約一時間二十分も放置されたままになつていた事由を質したのであるが早速御返事しますとの返事があつた丈で今日に至るもその事由は解明されておらないのである。

(2) 更に調査を進めると当日第一開票所において投票紙の拡げ作業(折つてあるのを拡げて積み重ねる作業)および候補者別投票えり分け作業に従事した高校女生徒(捜真高校)

高橋ふく子、杉田あや子、杉田昌江、山本泰子、長塚順子、細谷某

等は投票拡げ作業を終了したのが午後零時三十分頃であり、候補者別えり分け作業を終了したのが午後一時三十分頃であつたと述べているし、同作業に従事した神奈川区内居住の高校女生徒(神奈川高校)

宮津憲子、小出洋子、村岡伊津子

等は午後零時三十分頃より作業終了時までの間における候補者別投票えり分け作業の推移に関し「当初は、伊丹候補への投票数が多いように思われたが、作業終了直ぜんには伊丹候補分より野村候補への投票数が遥かに多くなつた」と述べている。

従つて以上を綜合するとぜん記伊丹候補に対する一五〇票の誤加算は「野村候補得票五〇票束三個の実在計算に基く加算を誤つて伊丹候補得票分となしたもの」と認められるものである。

四、更に調査を進めると神奈川区選挙管理委員長が開票直後伊丹候補と某所で密議を凝した事じつがあり更に神奈川区役所勤務戸籍係秋山富士雄、鈴木某および岩沢某等が共謀の上第一開票所および第三開票所においてそれ々々(誰が何れの開票所に立会つたか不明)開票事務に従事中投票数と開票数に誤算を生じたりとなし密かにそれ々々数十票の不正票を投入したという事じつを探知したのである。

右事じつは目下横浜地方検察庁に於て捜査中であるが全投票を再点検の結果次の如き動かすべからざる証拠が表われた。

(1) 第三開票所(白幡小学校)の投票数一七、五一二票のところ開票数一七、五一三票となり開票が投票より一票多いという不正行為の介在以外にはあり得べからざる結果が検出された。

(2) 第一、第二および第三開票所を通じ投票中白票に折目のないもの十数票を検出した。これも投票の差入れ口の寸法から考え実験則上あり得べからざることである。

(3) 各開票所の投票中同一手口と認められる斜線を乱暴に引いたもの数十票を検出した。

(4) その結果第一開票所白票八九票、第二開票所白票一二三票に対し第三開票所において白票僅かに二票という極めて不自然且つ奇異な結果を生じた。

(5) 更に第二開票所に於て無効投票の内に

「野村幸三郎はマイナス一〇〇票」

というなぞの一票が現われてぜん記不正行為に暗示を与えている。というのはじつに野村候補は上位得票者伊丹候補と僅か九一票の差で惜敗しているのであるからマイナス百票が大いに物を云つたわけだからである。

五、以上を綜合すると野村候補については百票乃至百五十票の得票が更に存在したところぜん記不正行為により処分又は隠匿せられたものと認めるより外はない。

右は四年まえの選挙に於て市議候補鈴木与市氏の得票二百票が何者かに紙屑籠に投棄せられ一度落選の報に接したが運動員から促され再度第二開票所を捜索したところ右紙屑籠中から得票二百票を発見して当選した事じつと同じケースである。

従つて右最低百票を野村候補の得票に加算しても伊丹候補より上位の多数得票となり伊丹候補の当選は無効、野村候補を当選人と定めらるべきである。

第二、選挙無効の理由

一、選挙無効に関しては昨年最高裁判所は二つの判例によりその見解を表示して従来の下級裁判所の見解を変更した。

(1) 判決要旨「投票なかばで投票箱を開き投票を取出した違法は、常に選挙の結果に異動をおよぼす虞があり選挙無効の原因となる」(昭和三〇年二月一〇日第一小法廷判決、集第九巻第二号一四四頁)

(2) 判決要旨「開票監理者が開票事務終了後、開票所以外の場所において一部の開票立会人の面前で投票入封筒の封印を破棄し在中の投票を取出し、再調査した違法は常に選挙の結果に異動をおよぼす虞れがある場合にあたる」(昭和三〇年三月一〇日第一小法廷判決、集第九巻第三号二五六頁)

以上の二判決は違法事実があつて、不正行為が行われ得る可能性があれば現実に不正行為が行われたと否とに拘らず(不正事実の発覚は証拠の上で困難な場合が多いから)著しく選挙の公正を害するものであつて、公職選挙法第二百五条の「選挙の結果に異動をおよぼす虞れがある場合」に該当し、常に選挙の無効を来すものであることを明確に宣言したものである。

二、ひるがえつて本件選挙を顧みれば不正行為の行われ得る可能性がある選挙開票管理の違法事じつが次の通り数々あつたのである。

(1) 神奈川区第一開票所である子安小学校において昭和三十年四月二十四日開票状況を参観した選挙人安藤安次郎および橋本利雄氏等は開票事務従事者が、尊重すべき得票束(五〇票束)を約一間の距離をもつて「ボール投げ」の動作による受け渡しをなして床上に落した情景を目撃したと憤激している。この様な乱暴な取扱いは不正行為介入の第一歩と云わねばならぬ。

(2) 同区第一開票所において昭和三十年四月二十四日開票録に開票所事務従事者である区役所の吏員が開票管理者および開票立会人等に対し帰りが遅くなるからと称し開票終了二時間程まえに該当事項未確認未記入の侭署名捺印を強要し署名捺印せしめた違法事じつがある。

(3) 神奈川区選挙管理委員会は、ぜん述の如く右同日午後二時二十分頃、午後一時現在の開票算定発表を一五〇票減らして訂正したがその理由および投票の行方を明確にすることを拒否して之をあいまいにした違法がある。

(4) 右同日午後一時頃同区第二開票所である幸ケ谷小学校において市議投票用紙五十枚束が内容と表紙との得票者の名まえが間違つていると指摘注意されて始めて取替えたという違法事じつがあつた。

(5) 右同日第一開票所においては、いわゆる第二計算を全然行つていない違法があるばかりでなく、更に無効投票紙をバラの侭、誰にでもさわれる様に放置しておいて一般の人が開票所内に自由出入出来る様な混乱状態にあつた違法事じつがあつた。

(6) 右同日第三開票所において投票箱を開けた際箱守候補の立会人片山氏は先づその中の投票数を確認して開票せよと事務担当の区役所の吏員に要求したが同人等は之を拒否して各投票函内の数を確認することなく開票を開始した。

謂うまでもなく公職選挙法は投票の点検に関し混同主義(同法第六六条第二項)を採用しているが投票の各投票区ごとの点検に非ずして各投票函内の投票総数の確認は当然なすべきことであつて之を省くことは明かに違法であり、不正行為の行われる余地が必然生ずるものである。

(7) その後に至り、訴外永塚貞次氏が聞き捨てならぬ事じつを聞知した。それは第一開票所において訴外江並一雄氏(神奈川区役所勤務)が投票数と開票数とを合せる為に計算係と庶務係と相談の上四、五十票の不正票を投入したことを目撃したということであり更に、第三開票所に於ても訴外佐南氏(神奈川区役所白幡地区事務所員)が第一開票所と同じ様に三、四十票の不正票が投入された事じつを目撃し同氏は中途で立ち去つたため其の後も何票か不正票が投入されたものと思うとの事であつた。

そこで更に調査を進めるとその実行者は神奈川区役所戸籍係、武田こと、秋山富士雄、鈴木某、岩沢某等であることが判り、右永塚氏が江南氏と通じ右秋山に犯罪行為の自首を勧告したところ同人から暗黙に之を認める言辞があつた。

(8) これとぜん後して昭和三十年六月三十日、七月四日、五日および七日に亘り横浜地方裁判所に於て、同年(モ)第一〇三三号証拠申立事件に基く全投票の再点検をした結果第三開票所において平野佳秀候補の第二冊目の五十票束が五十一票あつて開票録との間に注目すべき不一致を来たした。

即ち第三開票所においては

投票総数 男 九、九七〇

女      九、〇〇二

計     一八、九七二

に対し開票総数は

有効投票  一八、六〇九

無効投票     三六四

計     一八、九七三

という投票総数より開票総数が一票多いという結果が現われたのである。

これにつき被告委員会は「投票所において選挙人に投票用紙を交付する際二枚重ねを確認すべき注意力を欠いたため、誤つて同一選挙人に対し二枚を交付したか或は投票者数の計算を誤つたものとみるべきが至当で」事じつ上の根拠に基かざる推断をし、不明の判例を引用し、その過剰投票は当選の結果に異動を生ずるおそれなしと判断している。併しこれは由々しき一大事のことであつてその様に簡単に一しゆうし得ざることは公職選挙法に通じ、又選挙事務関係者ならば常識的のことである。冒頭引用の判例一(1)の事案は一票の過剰票を確かめるためにそしてそれによつて当該投票所の投票全部が無効とされることを恐れてなされたもの(最高裁判例集第九巻第二号一五九頁第四項)であることに鑑みれば結論は極めて明瞭である。

投票全部の無効と関係係員の責任追究は当然のことと云わねばならない。

即ち右はぜん項の不正行為のび縫の失敗を暴露したものと見るのが至当である。

(9) 更にぜん述の如く再点検の結果第一、第二および第三開票所を通じ白票に折目のないもの十数票および同一手口と認められる斜線を乱暴に引いた無効票数十票が検出され、更に第三開票所に於いて白票僅かに二票という奇異な結果を生じたことは、ぜん記(1)ないし(8)の一連の違法事じつ並に不正犯罪事じつを裏付け証明して余りあるものと云わねばならない。

三、原裁決はこの選挙無効の訴願に対し異議申立を経ざる不適法なものとして却下しているが原告は横浜市選挙管理委員会に異議の申立をした際

「横浜市議会の議員選挙について異議申立」

と題し

一、当選無効についての異議申立の注意

として当選の無効について主張した上更に

二、開票成果の混迷化を助長する参考事項

として選挙の無効について論じ根拠法令の条項として公職選挙法第十五章第二百二条以下関係条項を援用して当選無効と選挙無効とを併せて異議申立をしたものであることは明白である。

尤も右に関する手続上の表面的疑義は同法第二百九条によつて自ら解消するのである。

而して前第一および第二項に述べたことを綜合すれば本件選挙は著しく選挙の公正を害するものであつて公職選挙法第二〇五条の「選挙の結果に異動をおよぼす虞がある場合」に該当し当然に昭和三十年四月二十三日執行の横浜市議会議員の神奈川区の一般選挙は無効であるとの判決がなされなければならないものと考える。

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